私達が何気なく行っている「会話」は、実は私達の健康によい効果をもたらしています。他人と話をすることは、見る、聞く、考える、声を出す、と脳の活性化を促すトレーニングになっています。さらにストレス解消にも役立ちます。確かに人に悩みを聞いてもらうだけでもスッキリすることはありますね。会話を含めた人と人とのコミュニケーションは、どんなにAIが進化しても、私達にとって欠かせない存在です。コミュニケーションのあり方が変わりつつある今、改めて会話の持つ意義と重要性を再認識すべき時ではないでしょうか。
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コミュニケーションの欠如がもたらす悲劇
コミュニケーションが身体にもたらす影響について、興味深い一つの調査結果があります。
第二次世界大戦直後の米国での出来事です。戦争で親を失い孤児となった幼児が収容施設に集められました。栄養ある食事が与えられ、衛生状態も問題のない施設であったにも関わらず、91人の幼児の中で2歳になるまでに亡くなった子供が34人いたそうです。調査の結果その死因は、「コミュニケーションの欠如」であったと報告されました(Rene A Spitz, 1952)。幼児達は、充分な衣食住を与えられていても、誰からも話しかけられず、独りぼっちの環境で過ごしていたのです。自身ではまだ言葉が話せない幼児でさえ、他人とのコミュニケーションの機会がないと充分な発育ができないということです。
会話の頻度と健康との相関関係
会話はコミュニケーションにおいて重要な役割を担っています。高齢者に関する会話と健康の相関関係についてデータがあります。内閣府「高齢社会白書(平成30年度版)」によると、高齢者でほとんど会話をしない方のうち71%が「主観的な健康状態が良くない」と回答しています。それに比べて家族や友人との会話が頻繁な方々は、「健康状態が良い、まあ良い」と回答した方々の合計が43%となっています。つまり日常の会話の頻度が高いほど、主観的健康状態は良いという傾向がみられます。白書ですので科学的根拠等は記載されていませんが、一般的に考えて豊かな会話が日々の暮らしのモチベーションを上げていることは間違いなさそうです。
人間関係の潤滑油となるコミュニケーション
コミュニケーションは人と人の間をつなぐ大切な潤滑油であり、これが損なわれることで対立が生まれます。「人と人」を「国と国」に置き換えると、更によく解ります。「話せば解る」は、お目出たい考え方かもしれませんが、コミュニケーションの意義をうまく表現した言葉だと思います。
改めてコミュニケーションという言葉の意味を辞書で確認してみると、「人間の間で行われる知覚・感情・思考の伝達など」と定義づけられています。2人以上の人間が双方向にやり取りすることを指しており、一方的なお喋りはコミュニケーションとは言えません。
私は現在、大学でコミュニケーションに関する講座を受けもっています。いつも最初の講義で伝えることは、コミュニケーションと対話の大切さです。チンパンジーと人間の大きな違いの一つは、言葉をもって意思を伝達できること、そして相手を思いやる気持ちをもっていることです。だからこそ人間は助け合い、氷河期さえも乗り越えられた種族なのです。
コミュニケーションの変化とディスコミュニケーション
「現代人が1日に受け取る情報量は、平安時代の一生分であり、江戸時代の1年分」といわれています。近年、コミュニケーションの形は大きく変化し、スマホ、メール、ライン、SNS、さらにインスタやTikTokなど個人でも手軽に自作の画像・動画を公開できる世の中になりました。文字が主な伝達手段であった時代に比べて、画像や動画を用いることで情報伝達力は格段に進化しました。結果として、コミュニケーションとして相手に伝える情報量も格段に増えてきてきたわけです。与えられる情報が多すぎて処理が追い付かず、本来のコミュニケーションに支障をきたす状況さえ生じてきています。やむをえない「既読スルー」もその一つでしょう。
一方で、ディスコミュニケーションという単語をよく耳にするようになりました。コミュニケーションそのものが乏しくなってきている、苦手とする人が増えているという警鐘のような気がします。その一つの理由は、便利なツールの発達のおかげで、人と人とのリアルな会話がどんどん希薄になっている点ではないでしょうか。現代人にとって、会話は面倒なものなのでしょうか。
挨拶のないオフィスと無言のレジ袋
知人の会社ではフレックス勤務のため、「おはよう」や「お疲れ様」といった挨拶を行わない暗黙のルールがあるそうです。どうしても言いたい場合は、社内チャットで「おはよう」と入れるのだそうです。「遅くにやってきて、おはようとは言いにくい」とか「皆がまだ働いているのに先に帰るのは気をつかう」というような行き過ぎた配慮のせいでしょうか。あるいは挨拶そのものが面倒なのでしょうか。
スーパーのレジに並んでいると手前にカードが吊ってあります。「レジ袋が不要な方はこのカードをカゴに入れてください」。私はこれを見るたびに暗い気持ちになります。なぜたった一言、「袋は結構です」と言えないのか、言うのが煩わしいのか。(かなり主観的な偏見かもしれませんが)
会話が引き出すアクティブ・ヘルスケア
先に述べた実験結果が示す通り、コミュニケーション、会話、挨拶は、私達の健康にまで影響を与える重要な存在です。
コミュニケーションのよい職場は働きやすい、風通しがよい職場と言われます。また、社員が積極的に挨拶する会社は、成長するとも言われてきました。これらは、メールやラインだけではどうしても補完できない要素です。社員同士のコミュニケーションが十分にはかれている、会話の弾む環境であればこそ、心身ともに健康で居られる空間が醸成されてきます。特に先頭に立つエグゼクティブの皆さんは、自身の健康のためにも会社のためにも、社員との会話を生み出す機会をより意識していくことが、社内の健康促進につながるに違いありません。
たかが会話、されど会話。
豊かな会話は、アクティブ・ヘルスケアへの第一歩です。
日本ヘルスケア財団理事
株式会社ゆう 代表
延原 由佳